sign #25
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その頃のふたりといえば、案の定梶原の許容範囲を越えて盛大に幸せオーラを振りまいていた。否、犯人は主に浮かれ騒いでいるコウである。
「……おまえのせいで客が逃げる」
もはや我慢の限界に達したオーナーは拳を握って呟くと、とっとと帰れと言わんばかりにコウをバックヤードに押し込んだ。
「やん。カジーったら強引なんだからぁ」
「俺相手にシナを作るな、気持ち悪ィ」
「なによぉ。アタシ先に上がっちゃったら大変じゃん。明日お休みなんだから、仕込みしとかないとだし」
「そんなの俺がやる。余計な心配しないで今夜はせいぜい浮かれてろ」
「…………優しい」
「……なんだ」
「カジーが優しい。アタシがフラれた時以上に優しい。絶対おかしい」
「おまえ最後の一言が余計なんだ」
「コラコラ、折角の心遣いだろう」
間に割って入った渉が取りあえず場を納め、ふたり揃って暇を告げる頃にはすっかり深夜で。11月特有の、秋には遅く冬には早いゆるゆるとした空気が頬を撫でる。高揚した気持ちをキュッと縫い付けるような寒さに、コウはコートの襟を寄せた。
「やっぱ寒いね」
「こっちにおいで」
そっと肩を抱き寄せると、まるで子供のように顔を見上げる。
「ふふふ。こういうの、嬉しい」
「僕もだよ」
身体の前で両手を擦り合わせ、息を吹き掛ける仕草さえ愛しく思えた。
「コウ、手袋は?」
「んー。まだいらないかと思って置いて来ちゃった」
「……じゃあ、こっちの方がいいかな」
言うが早いかサッと腕を回した渉は、そのままコウの左手を取る。するりと指の隙間に入り込む節、掌から伝わる直の温度。手を繋がれたのだ、と自覚した時にはもう自分の腕ごとカメラマンのコートのポケットにすっぽりと収まっており、改めて恋の威力を噛み締めた。
「あったかい……」
「よかった」
「凄い。渉と手を繋げるなんて、最初思いもしなかったのに」
「だから面白いんだよ、人生はね」
全部薔薇色じゃつまらないだろう、なんて。そう言って得意気に笑うから、コウはつられて眉根を下げた。
「嬉しいことも悲しいことも、同じだけあるんだって聞いたことがある。いろんなことがあって、いろんな人と出会って、そうやって今があるんだって、渉に会って思えるようになったの」
「そうだね。……これまでの僕は、君に会うために生きていたんだ」
「………っ」
「コウ?」
「……わ、渉の、そーいうの、心臓に悪い……」
顔を真っ赤にして俯くバーテンダーは普段のクールさなどカケラもない。
「どうしたのかな、熱でもある?」
くすくす笑われ、揶揄われていることに気付いても後の祭。
「わーたーるー!」
「ハハ、照れてるコウはかわいいね。撮ってもいい?」
「いいわけないでショ!」
余所から見ればただのバカップルにしか見えない遣り取りを繰り返しつつ、ふたりは細い路地を辿って行く。
「コウ、明日は休みって言ってたね」
「うん」
一応交代で取るようにしてるんだ、と付け足すはずの言葉は風に消えた。隣で立ち止まった恋人が真直ぐにこちらを見ていたから。
「……僕の家に来ないか」
声が少し、震えていた。告白した時以上の緊張が伝わる。そこに含まれているものに気付かないほど野暮ではない。どうなるんだろうという僅かな不安は、けれど彼を求める気持ちによって掻き消された。
「うん。お邪魔します」
「……よかった。断られたらどうしようかと思った」
「な、なによー。直球で来たくせにー」
「本当だね。あ、コウ、耳まで赤いよ」
「渉だって真っ赤よっ。もー、なにこのふたり。恥ずかしいわー」
照れながらも満面の笑みで見返す恋人達に、月が静かに光を投げる。
「ホラ行こう。初めてのご招待だ」
「……ん」
繋いだ温度を確かめて。溢れる想いを抱き締めて。
夜は終わりそうにない。
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ようやくほのぼの展開かと思いきや、矢継ぎ早にお持ち帰り。
明日からはふたりのペースでそれらしきシーンに突入です。
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sign #26 に続く
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