sign #26 

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「ここだよ」
 案内されたのは大型マンション。
 駅からの道中、緑の多い公園を抜けて路地に入ったところにある、閑静な佇まい。周囲をぐるりと囲むツツジの生け垣といい、広大な駐車スペースといい、どう見てもファミリータイプのそれと覚しき造りに首を捻りつつ通されたのは、やはりひとりで住むにはあまりに広い3LDKタイプだった。
「お邪魔しまーす……」
 半ば気後れしながら靴を脱ぐ。自宅とは違って玄関さえもいちいち広いことに半分嫉妬、半分羨望の眼差しを送りながら、コウは進められるまま奥へと足を進めた。
「うっわ。何コレ、凄い。スタジオ?」
「ごめん、散らかってて……」
 リビングで訪問者を待ち構えていたのは何故か撮影セットで、彼がプロカメラマンであることを改めて認識させてくれる。室内が丸ごと本物仕様と言えばいいのか、生活臭などまるでなく、ストイックなまでのプロ意識に思わず胸が疼いた。
「渉、素敵だわ」
「……は? あぁ、まぁ、そう言ってくれて嬉しいよ……」
 何が人のツボに入るかなんて千差万別、という言葉を今以上に噛み締めたことはない家主は、取りあえずコートを預かると恋人を風呂場に案内する。
「タオルはあるから。着替えも置いておくよ」
「ありがと」
 じゃあゆっくり入っておいで、そう言い残して部屋に戻ろうとする後ろ姿に、コウはふと悪戯心を掻き立てられた。
「渉ー」
「ん?」
「着替えってパジャマでしょ?」
「その予定だけど……希望でもあるのかい?」
「んー。アタシねぇ、実は何も着ないで寝る派なんだ」
「……は?」
「んふふ。嘘♪」
 人差し指を唇に当て、わざとらしく小首を傾げて見れば。
「大人を揶揄うんじゃない」
 つかつかと戻ってきた恋人に思い切り髪を掻き混ぜられる。
「渉照れてるー。渉かわいいー」
「早く入って来なさい」
「じゃあさ、じゃあさ、バスタオルだけっていうのと、パジャマだけっていうの、どっちがいい? あ、バスローブとかあるともっと雰囲気出るんだけど……」
「コウ」
「ん?」
 はしゃぐ頬に手を添えられ、瞬きをする間もなく唇を塞がれ。
「僕はコウならなんでも嬉しいよ」
「……はい」
 くるり、回れ右。
 頭の中まで恋人のアップに占領され、二の句を継ぐ余裕さえも剥ぎ取られたコウは、そのまま大人しく風呂場の扉を閉めるに至った。
 しばらくしてシャワーの音が響いたのを確かめ、家主はようやくのことで息を吐き出す。口元で笑って、困ったように眉を下げて、そんな複雑な表情が今の心境を物語った。
「……まったく、人の気も知らないで……」
 敢えて揶揄うように返したけれど、正直気が気ではなかった。
 未だに想いを通わせることが出来たことが信じられない。応えてもらえるなど想像すらしたことがなかった。その代わり、痛いほど知っている、自分の、彼への想い。胸を叩く甘やかな痛みだけがこれが夢ではないと伝えていたから。
 愛しい恋人がここにいて。すべてを承知でここにいて。ようやく手に入れようとしているこんな時に、これ以上緊張させないで欲しい。
「君といるだけで、充分ドキドキしてるんだからね」
 瞼の裏の残映にぼやいてみる。
「これでも我慢してるんだよ」
 気を抜くとすぐにでも抱き締めてしまいたくなる。あの時のように、力の加減さえ出来ないほど夢中に。髪を撫でて、唇を寄せて、何もかも奪い尽くしてしまいたくなる。
「コウ……」
 目を細めて愛しい人の名を呼ぶ。
 逸る心音はシャワーにすら掻き消されないものだと、知った。

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この回を書いて、このシリーズは攻めが素直だなぁとえらい実感しました。
前回も前々回も好きとか嫌いとかすっ飛ばしてましたからね……ハハ……。
渉はコウを凄く大事にしてるなーと、まるで他人事のように関心した次第。
さて、明日はいよいよですわよ……!

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sign #27 に続く

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