ships #29 

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 ships からの帰り道。
 肩を並べて歩く歩調は緩やかで、アスファルトにアンダンテのリズムを刻んでいる。派手なネオンを避けるようにぐるりと歓楽街を迂回したふたりは、酔い覚ましを口実にゆっくりと夜の散歩を楽しんでいた。
 離れがたいと言ったら、この人は何と言うだろうか───。
 そんな本心を押し止めたまま高層ビルを振り仰ぐ安里に穏やかな声音が重なる。
「……今夜は楽しかった」
 向き直った水瀬は逆光のためその表情を伺うことは出来なかったけれど、雰囲気で彼が微笑していることは分かった。
「よかった。……引かれたら、どうしようかって思ってました。実は」
 あはは、と軽く笑い飛ばした安里の思惑などお見通しだとばかり、水瀬は少し首を傾げる。
「そんな心配をしていたのか」
「だって、」
「そんなわけない」
 言葉尻を奪う言葉。
「そんなわけないよ……」
 繰り返される言葉。重みを与えられたもの。
 それ以上は何も言わず、再び歩き出した司令塔の後を追うように歩を進める。高い肩越し、首都高の灯りが街路樹の枝から漏れるのがやけに印象的に映った。
 静かな夜。
 時折行き過ぎる車のヘッドライトが横顔を照らし出す他何もない。夏の名残の湿った風が頬をゆっくりと撫で上げるばかりで、これが夢か現実かその境目が一瞬分からなくなる。幻想的と呼ぶにはあまりに短絡的で、生々しいと言うにはひどく浮世離れしている不思議な空間。流れる空気を押し止めるように、ポツリと呟く声があった。
「君が人から好かれる理由が分かったな」
「な、ん……ですか、急に」
「君が自然体で笑うからだ。君の隣は、居心地がいい」
「水瀬さん……」
 ビルに反射した月光が星砂のように降り注ぎ、ふたりの輪郭を暈かしてゆく。その中にあっても唯一見失わずにいられたのは闇に煌めく双眸だった。
「水瀬さんこそ……。一緒にいて、安心感があります」
「人からそんなことを言われるのは初めてだな」
「仕事が出来て、いつも冷静で、的確で、凄い人だと思います」
「オイオイ、誉めても何も出ないぞ」
 苦笑しながら肩を竦めていた水瀬は、だが次第に昔を思い出すようにゆっくりと目を細めてゆく。
「そう言ってもらえて嬉しいのだと、君に初めて気付かされた。君にはいつも助けられてばかりだ」
 ポツリと洩らす本音。恐らく社内の誰もが聞いたことのないもの。
「あの版権騒ぎの時、どんなに心強かったか分からない。君がいてくれなかったら今日はなかった」
「そんなこと…」
 ない、と言い掛けた安里を焦げ茶の瞳が真直ぐに射抜く。
「言わせてくれないか」
 そうしてふわりと微笑んで。

「かけがえのない存在なんだ。……安里、ありがとう───」

「……っ」
 特別視されているという確信に切なさで胸がキュッとなる。泣きたい気持ちと幸せな想いが入り交じり、安里は胸の奥に込み上げる熱いものを我慢することが出来ない。目尻にじわりと溜まる涙を必死に堪え、最上の笑みを浮かべた。
「これからも、いい仕事しましょう」
 そして願わくばこの次も、最高の結果を手に入れましょう。
「あぁ」
 ふたりで、共に力を合わせて。
 差し出された右手を取って、絆という名の握手を交わす。
 月が祝福するように天空を彩っていた。

ships#30 に続く

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