guys #02
←前話へ
毎度のことながらクラス委員の仕事は多い。こなすべき仕事をノートに箇条書きにした律誠は、就任一日目にして早くも長い長い溜息を吐いた。
朝夕のショートホームルームに始まり授業開始終了時の号令、配布物の取りまとめから果ては担任業務の補助に至るまで種々雑多に富み、そのどれもが自由時間を圧迫する。現にホームルームが終わった教室はガランとしたもので、皆部活に帰宅にと散っていったというのに自分はひとり机に向かい、真新しい日誌を埋めているのだ。
僅かに右上がりの綺麗な文字が白いスペースに並んでゆく。案外こうした作業は嫌いではないと言ったら思う壺なのかも知れないけれど、と独白し、なおも右手を動かし続ける後方、教室のドアが静かに開いた。
途端、空気が柔らかに攪拌される。
それは彼の纏う雰囲気のせいだろうか、語らずとも何者かを悟った律誠は、嬉しさで口端を持ち上げつつ日誌に目を落としたまま声を掛けた。
「……珍しいな。ウチに顔出すなんて」
まだ高い陽がガラス越し、委員長の黒髪に踊る。それとは対照的な印象の少年は自らを言い当てられたことに別段驚く風もなく、ゆっくりと側に近寄ると背中越しに手元を覗いた。
「またクラス委員か……」
呆れるように笑うのを待って律誠も顔を上げる。肩越しに見る茶色の瞳は、自ら進んで重荷を負う幼馴染みに言葉以上に物を言った。
「おまえ真症のマゾかよ」
「和哉には言われたくないな」
そうして顔を見合わせて吹き出して。今日は部活が休みだという彼が目の前の椅子に腰掛けるのを見遣り、委員長は再び手元に視線を落とした。
物心付いた時から一緒にいる目の前の同級生、峰岸和哉(みねぎし かずや)とは、もうかれこれ13年の付き合いになる。キラリと光る焦げ茶の瞳は常に面白いものを探して動き、緩い癖毛の焦げ茶の髪が明るい彼の性格によく似合っていた。小さい頃からスポーツが得意で、特に中学から始めた硬式テニスの腕を買われ、常和にはスポーツ推薦で入学した経緯を持つ。彼の所属するテニス部は運動部一のハードさを誇り、夏を待たずに新入部員が半分に減ることでも知られていたが、通常の練習に加え更に自らにレギュラーメニューを課す和哉のスタミナたるや群を抜き、昨年の新人戦では1年生ながら大抜擢を受けたほどだった。
事実、和哉のプレーは他と違う。
試合のたび着実に伸びやかに、しなやかに、そして強かになってゆく彼のスタイル。エンドライン一杯に打ち込まれるサービスに場内から溜息が漏れる中、オーディエンスなどお構いなしにただ目の前の相手に全神経を集中させて挑む姿が好きだった。まるで獲物を狩る雄のよう。生まれつきの靱帯故障のせいで激しい運動が制限されている律誠にとって、彼の活躍は自分のことのように嬉しかった。
細く開けた窓からは、さっきからひっきりなしに野球部の掛け声が聞こえてくる。春の地区予選の結果を次にこそ活かそうと躍起になるエネルギーに押され、知らず頬が持ち上がった、その時。
「……どうかした?」
誘われるように目を向けた先、向き直った和哉がくすりと笑う。日誌を書いていた手は随分前から止まり、随分と長いこと和哉の横顔を眺めていたのだと気付かされた。確かにこうしてのんびりと顔を見るなんてどれくらいぶりだろうと言うと、ハードワーカーな幼馴染みはまたも眉を下げ。
「もうすぐ試合あるんだ」
そっちの方が面白いと思うけど、と付け加えることも忘れない。
「久しぶりだな、和哉が出るの」
「うっさい。ウチは選手層が厚いんだよ」
部員何人いると思ってんだと唇を尖らすものの、幼馴染みの苦笑にあっと言う間に掻き消された。二の句を継ぐ前に書き上げた日誌を閉じ、帰り支度を整えて。窓を閉め、椅子を入れ、完全にタイミングを逸した和哉を振り返り。
「……必ず見に行く」
殺し文句に破顔させると、連れ立って職員室へと歩を進める。スポーツマンとはいえ、未だ自分の身長を追い越さない茶色の頭が目の前で揺れるのを見、律誠はこっそりと笑みを深めた。
guys #03 に続く
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://tkame.blog109.fc2.com/tb.php/42-a58c1c8e
- | HOME |
コメントの投稿